「古武術の発見 日本人にとって「身体」とは何か (知恵の森文庫)」著者:養老 孟司、甲野 善紀
養老さんと甲野さんの対談本。
心に残った話。(誤解釈だったら、すまん。)
日本人は体を無しにして、脳でコントロールしようとしてないか?
江戸時代、徳川、柳生、沢庵の禅で、
武士達の牙抜き、骨抜きにする政策があったのでは?
スゴイ流派も禅的なものにかぶれて、
だんだん気(精神、心)を鍛えれば何とかなるみたいになった。
さまざまにあった剣術の型も、
最後には「刀は上げて、下せば良い。」とシンプルなものへ。
よって、剣術の型が無くなってしまった。(もったいない。)
高い金を払って、川を歩いて渡る仙術を身につけた者がいた。
ある老師が
「そんなもの身につけてどうする? 船頭に金を渡せば向こう岸につける。」
と言った。皆仙術を身に着けた者を笑った。
日本人は、この話を聞いて「その通り!」と思うが、
戦争になった時、川に船頭がいるのか?
川を歩いて渡る仙術があれば、生き残れる。
もうちょっと考えれば、無駄?と思える能力も使えるのに、
その時の状況に流される(状況依存)日本人が多い。
私も良く考えよう。