ミケハのブログ

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「かみさまは小学5年生」著者:すみれ

なんかね~、手に取りづらかったのよ。
小学校の女の子の写真が表紙の本で、アラフォーのおじすんがねぇ~。
(昔「ママは小学5年生」ってアニメがあったな~。→ジェネレーション)


でも、読んでみました。
もう、初めの作文から涙。(→ちょろい読者過ぎ。)
良かったっすわ~。
すみれさんは、あの世の記憶を持ったまま、この世に転生されたそうです。
かみさまは小学5年生というより、「みんな神様だよ!」って話なんですけどね。


でも、この子、これから大丈夫かしら。
リングの元ネタの悲劇の超能力者の話もあるし、ちょっと保護しながら活動してほしい。
「あとがき」でお母様が心配されていたので、お母様と神様のダッグで何とか大丈夫かな。
(ふとブログを見たら、色々な人達が既にワラワラと群がってた・・・だっ、大丈夫かな?)


しかし、この子に聞けば宇宙の法則とかわかるので、スピリチュアル的なモノが全てわかるんでないかい。
過去の歴史についても答えてくれるかも?(守秘義務で答えられないかも?)


で、何か聞きたい事があるか?と言うと・・・
今のトコロ、無い!
えっ!
いや、何か、今の玉石混交の情報の方が面白くない?
霊能者によって言ってる事が違っても、どれが本物かしら?って思ってる方が面白いし、
間違ったら、間違ったで、ガセネタつかまされた~って話のネタになるし。
はははっ。


他、
苦しい思いをするのは、苦しい思いは座布団のようで、その下の「本当にしたい事」を思いだすため。
もしも、毎日楽しいと「本当にしたい事」をやらないから。
(まあ、他のスピ本でも書いてあるけど~)どうやらラクして儲けられないのは確定らしい。ガックリ。


この後に、すみれさんの本が出るなら、楽しみ!


以下、この方のブログです。(ことたま、泣けました!)
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すみれ&ゆきの魂が丸ごと満たされるかみさまのおはなし
https://ameblo.jp/999marira999/
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2018/07/21 追加空想
すみれさんは、神様世界で第2位ぐらいの地位から、日本へ転生。
って、今流行りの異世界からやってきたチート主人公ですかい!


この話を聞いて、日本大丈夫か?と思った。
例えば、営業成績が振るわない店にエリート営業マンを入れて、テコ入れする。
日本は、精神世界的に営業成績が振るわないので、超エリートを派遣された的な。
やばない?!


と、そんな空想で遊んでいました。まあ、気にしなくていいのよ。

「浄心への道順」著者:アルボムッレ・スマナサーラ、名越 康文

変なタイトルつけちゃったね~。
(もうちょっとライトなタイトルなら、他の人も取り易いのに)
本の中での意味不明な各人の顔のドアップ写真、やめてほしい。
(スマナサーラさんと山川さんの対談でもそうだったな~。)
・・・と出版社はサンガ。
(それがおまえらのやり方か~!)


「はじめに」で名越さんが書いているが、
精神科医としての対談では無く、瞑想実践者としてスマナサーラさんに御教授頂いた感じの内容。
なので、精神科医と仏教者の対談という訳では無い。
(ほんのちょろっと、精神科医の話があるけど。)


上記、いろいろ批判的だが、内容は良いです。
なぜ、瞑想するのか、瞑想すると良い事などわかります。


今回、目からウロコだったのは「生老病死」
日本人が書いたモノだと「生」は、「老病死」が始まるので、それで苦だと解説されていた。
ふーんって感じ。


スマナサーラさんだと「生」も病気だそうだ。
「生」の病気とは、全て移り変わっているのに、そこに余計な感情をつけて苦しんでる。
楽しいが終われば、楽しいを待ち望む苦。
苦しいがあれば、また苦しみたくないという苦。
すべて無常なので、感情をつけて苦しまなくて良い。


「生」も病気、「老」も病気、「病」も病気、「死」も病気。
「生」も病気なら死んだ方がいいじゃん、なんて思うかもしれないが、
「死」も病気なので、病気に病気を重ねなくても~というところか?


生きていると理想があるかもしれないが、
「全て無常」で、浜辺の砂城みたいな確実なものでは無い。
理想すらも、脳の幻覚。


落ち込んでいる時に、この理論は救いだな。


他、体の細胞たちも自分の仕事を行い、他の細胞たちと仲良くやっている、現実でもそれで行こう。という話があった。
げげ、
インターネット内で楽しくやるだけでは「現実」という巨人がやってきて(アニメ「進撃の巨人」)、やっぱり、仲良く世界を良くしよう(アニメ「はたらく細胞」)。
なにげに、放送してヒットするアニメと現実がリンクして、アニメから現在が読み解けるとか、あるかもね?

「スサノオと行く瀬織津姫、謎解きの旅」著者:荒川 祐二

この方の本は初めてでした。
瀬織津姫とタイトルながら、表紙は”ぼやけた男性”の絵、裏表紙はアニメ絵。
どんな本やねん!


読んだ後、面白い、感動した!
歴史ミステリー、旅行ミステリー、探偵もののゲームを読んでるみたい。
その場所へ行って、聞き込みとかね。


持統天皇の時代を知りたくなった。
神様が封印なんてされるタマでは無く(失礼)、人間に付き合ってあげているのかしら。


その人の認識内でしか、神様は答えてくれない。
こんな話を思い出した。とある侍と坊主の話。
侍「地獄とは、どのようなところですか?」
坊主「この腰抜け侍め、地元に置いてきた奥方は、夜中に誰と寝ているかね?」
侍「何だと! このクソ坊主、たたっ切るぞ!」
坊主「ほら、地獄の門が開きましたぞ!」
それぞれの個人の認識で、世界に極楽の門が開けば、かたや、地獄の門が開く。


人間たちが自分の国を作るために、そこにいる神様の名前を別の神様にしたりして、国を治めたりしている。
人間たちの身勝手ながら、神様としては優しく見守っているのかな。
なんだか、フトコロやら情けやらが深いので、泣けてくる。
また、人間側は、とても昔の事なのに、死んでも悔やみ続けているのは、なんだかカワイそうである。
(この本での話ね。)


読んだ後、
もうアメリカだろうと、ロシアだろうと、地球の環境問題だろうと、まるっと包み込んで、あいまいな日本的平和解決に持っていけないものかな~、と規模がデカいが丸投げ的な、そんな気持ちなった。

「無宗教からの「歎異抄」読解」著者:阿満 利麿

「南無阿弥陀仏」
阿弥陀さんが「私の名前を唱えなさい」と言われたので、唱える。


・念仏を、自分で唱えるのでは無い。
・善を行う、悪を行う、どちらも意識してやらなくてよい。
・寺に寄付しなくても良い。
→ギブ アンド テイク、ポイント制、積み上げてどうなるというモノでは無い。


徹底的に自分で行う(自力:じりき)を否定する。
かと言って、
「そんなデモに参加するより、念仏を唱えよ」なんて言葉も自力を促していることになる。


個人と阿弥陀さんの契約に近い感じ。
そして、個人は一人で生きているわけで無く、様々な縁があるので、自分の周りも良くしておく。
しかし、阿弥陀さんが本当に助けてくれるか、わからない。


確か、キリスト教も天国に行けるかどうかはわからない、ってなのがあったと思う。
(でも、裏で自分はこれだけ信じているので天国に行けるとか、勝手に思う。それが、宗教か)


さて、
知れば知るほど、親鸞さんの教えが「なぜ、集団の宗教になるのか」わからない。
上記の通り、個人と阿弥陀さんでの関係で成り立つものだからである。
「他人になんと言われようとも、私は阿弥陀さんに縁をもらったので、安心して生きます!」
で、もう念仏を長い間唱える事も必要無いし、寺にコモって修行するより、普通に生活するのが、よっぽど”自力でやってる”と間違う事が無い。


唯円さんが嘆く状態が続いてるんじゃないか?

「日本人のこころの言葉 鈴木大拙」著者:竹村 牧男 &「宇宙から"ホワイトマジック"を受け取る方法」著者:Momoyo

※考えの断片の覚え書き。


この本とこの本を並べるなんて、どんな食い合わせですかい!
でも、結局のところ、
「雑念を払い、御仏の真理(宇宙のオーダー)に即して、自分、他人、世界、宇宙の為に生きましょう!」
てな所で、登り方は違うけど、登っている山は同じではないかい。


他、テレビやインターネットの情報を見ない(流され無い)方が良い、ってのは宗教もスピリチュアルも同じ。


>「日本人のこころの言葉」から
西洋の”自由”は、神との契約、神の監視からの自由なので、個人の自由、個性の再獲得という面があるが、
日本の”自由”は、「平均化・標準化への強制からの自由」なので、逸脱やアウトローになりがち。
日本の自由は、松は松、竹は竹と「成るものに成る」という上での自由でないと、本当の自由とは言えない。
(じゃあ、どうすれば良いのかというのは、人それぞれであるので、標準的な答えは無い。というか、その答えを求めると、標準化への強制を生み出す。)


自分が主人公であることも大切であるが、他の縁もあって活かされている。
父母(からの御先祖)、自然、過去/未来世、生きてきた上での食べ物達、空気、環境・・・、2次元的な縁に限らず、3次元、4次元、5次元(まあ次元で無くても)立体的、複合的に考えると、色々な縁の上に立っている自分であり、今ここに居るのは、全ての答えである。


宇宙をイメージしてみてほしい。
その宇宙から地球をイメージし、地球に住んでいる自分をイメージする。
そこから、自分の思考をイメージする。
と、宇宙を考えている自分が宇宙の中に居て、その自分が宇宙を考えているという連続。
テレビカメラでテレビ画面を映しているように、テレビの中にテレビがある図のようになる。もしくは、合わせ鏡。(入れ子構造っていってる本もある。)
生きていると、自分が世界に与える影響なんて何も無いように思うが、日本のチョウチョの一扇ぎがチリ?で竜巻になる。(バタフライエフェクト)
で、連続したテレビ画面でも、合わせ鏡でも良いが、その中で手を挙げると、連続で手が挙がる。
これって、永遠に「手が挙がり」続けて、世界に対してすごい影響を与え続けているのでは?
となると、少しでも世界に対して良い事をしておいた方が、良い影響を与え続けられるかな?と考えていた。


>「宇宙から"ホワイトマジック"を受け取る方法」から
松果体に光が集まるイメージすると、スピリチュアル的なモノが開花しやすい。
(まるの日さんも昔ブログに書いてたな。)


結局のところ、「スピリチュアル的なものを開花すれば、生きたいように生きれる」てことになるのだが・・・全員が全員そうなの? 開花できるの?
松果体に光が集まるイメージをして、瞑想する、ってことを続けていけば答えがでるのかな。
うーん。まあ、瞑想しまーす。