ミケハのブログ

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「スサノオと行く瀬織津姫、謎解きの旅」著者:荒川 祐二

この方の本は初めてでした。
瀬織津姫とタイトルながら、表紙は”ぼやけた男性”の絵、裏表紙はアニメ絵。
どんな本やねん!


読んだ後、面白い、感動した!
歴史ミステリー、旅行ミステリー、探偵もののゲームを読んでるみたい。
その場所へ行って、聞き込みとかね。


持統天皇の時代を知りたくなった。
神様が封印なんてされるタマでは無く(失礼)、人間に付き合ってあげているのかしら。


その人の認識内でしか、神様は答えてくれない。
こんな話を思い出した。とある侍と坊主の話。
侍「地獄とは、どのようなところですか?」
坊主「この腰抜け侍め、地元に置いてきた奥方は、夜中に誰と寝ているかね?」
侍「何だと! このクソ坊主、たたっ切るぞ!」
坊主「ほら、地獄の門が開きましたぞ!」
それぞれの個人の認識で、世界に極楽の門が開けば、かたや、地獄の門が開く。


人間たちが自分の国を作るために、そこにいる神様の名前を別の神様にしたりして、国を治めたりしている。
人間たちの身勝手ながら、神様としては優しく見守っているのかな。
なんだか、フトコロやら情けやらが深いので、泣けてくる。
また、人間側は、とても昔の事なのに、死んでも悔やみ続けているのは、なんだかカワイそうである。
(この本での話ね。)


読んだ後、
もうアメリカだろうと、ロシアだろうと、地球の環境問題だろうと、まるっと包み込んで、あいまいな日本的平和解決に持っていけないものかな~、と規模がデカいが丸投げ的な、そんな気持ちなった。

「無宗教からの「歎異抄」読解」著者:阿満 利麿

「南無阿弥陀仏」
阿弥陀さんが「私の名前を唱えなさい」と言われたので、唱える。


・念仏を、自分で唱えるのでは無い。
・善を行う、悪を行う、どちらも意識してやらなくてよい。
・寺に寄付しなくても良い。
→ギブ アンド テイク、ポイント制、積み上げてどうなるというモノでは無い。


徹底的に自分で行う(自力:じりき)を否定する。
かと言って、
「そんなデモに参加するより、念仏を唱えよ」なんて言葉も自力を促していることになる。


個人と阿弥陀さんの契約に近い感じ。
そして、個人は一人で生きているわけで無く、様々な縁があるので、自分の周りも良くしておく。
しかし、阿弥陀さんが本当に助けてくれるか、わからない。


確か、キリスト教も天国に行けるかどうかはわからない、ってなのがあったと思う。
(でも、裏で自分はこれだけ信じているので天国に行けるとか、勝手に思う。それが、宗教か)


さて、
知れば知るほど、親鸞さんの教えが「なぜ、集団の宗教になるのか」わからない。
上記の通り、個人と阿弥陀さんでの関係で成り立つものだからである。
「他人になんと言われようとも、私は阿弥陀さんに縁をもらったので、安心して生きます!」
で、もう念仏を長い間唱える事も必要無いし、寺にコモって修行するより、普通に生活するのが、よっぽど”自力でやってる”と間違う事が無い。


唯円さんが嘆く状態が続いてるんじゃないか?

「日本人のこころの言葉 鈴木大拙」著者:竹村 牧男 &「宇宙から"ホワイトマジック"を受け取る方法」著者:Momoyo

※考えの断片の覚え書き。


この本とこの本を並べるなんて、どんな食い合わせですかい!
でも、結局のところ、
「雑念を払い、御仏の真理(宇宙のオーダー)に即して、自分、他人、世界、宇宙の為に生きましょう!」
てな所で、登り方は違うけど、登っている山は同じではないかい。


他、テレビやインターネットの情報を見ない(流され無い)方が良い、ってのは宗教もスピリチュアルも同じ。


>「日本人のこころの言葉」から
西洋の”自由”は、神との契約、神の監視からの自由なので、個人の自由、個性の再獲得という面があるが、
日本の”自由”は、「平均化・標準化への強制からの自由」なので、逸脱やアウトローになりがち。
日本の自由は、松は松、竹は竹と「成るものに成る」という上での自由でないと、本当の自由とは言えない。
(じゃあ、どうすれば良いのかというのは、人それぞれであるので、標準的な答えは無い。というか、その答えを求めると、標準化への強制を生み出す。)


自分が主人公であることも大切であるが、他の縁もあって活かされている。
父母(からの御先祖)、自然、過去/未来世、生きてきた上での食べ物達、空気、環境・・・、2次元的な縁に限らず、3次元、4次元、5次元(まあ次元で無くても)立体的、複合的に考えると、色々な縁の上に立っている自分であり、今ここに居るのは、全ての答えである。


宇宙をイメージしてみてほしい。
その宇宙から地球をイメージし、地球に住んでいる自分をイメージする。
そこから、自分の思考をイメージする。
と、宇宙を考えている自分が宇宙の中に居て、その自分が宇宙を考えているという連続。
テレビカメラでテレビ画面を映しているように、テレビの中にテレビがある図のようになる。もしくは、合わせ鏡。(入れ子構造っていってる本もある。)
生きていると、自分が世界に与える影響なんて何も無いように思うが、日本のチョウチョの一扇ぎがチリ?で竜巻になる。(バタフライエフェクト)
で、連続したテレビ画面でも、合わせ鏡でも良いが、その中で手を挙げると、連続で手が挙がる。
これって、永遠に「手が挙がり」続けて、世界に対してすごい影響を与え続けているのでは?
となると、少しでも世界に対して良い事をしておいた方が、良い影響を与え続けられるかな?と考えていた。


>「宇宙から"ホワイトマジック"を受け取る方法」から
松果体に光が集まるイメージすると、スピリチュアル的なモノが開花しやすい。
(まるの日さんも昔ブログに書いてたな。)


結局のところ、「スピリチュアル的なものを開花すれば、生きたいように生きれる」てことになるのだが・・・全員が全員そうなの? 開花できるの?
松果体に光が集まるイメージをして、瞑想する、ってことを続けていけば答えがでるのかな。
うーん。まあ、瞑想しまーす。

「整体から見る気と身体」著者:片山 洋次郎

2006年出版? 野口整体の思想に影響を受けた著者。


片山さんの整体は、全体で見た時にどうか?を考える。
野口整体は「治療を捨てた」とあり、病気も悪い事では無く、結果としてバランスを取るための経過の一部であるとする。


12年経過しても、まだまだ部分的に治すことが主流だが、これから全体として視ていく流れになるのではないか。


前半は細かい症状の紹介なので、「時代と体質」の章から読んでも良いかと思う。


文章固いな~。


知ってる人は当たり前だと思うけど、画期的な本でした。
治療ではなく、
「その人にとって一番素直な生き方、いい生き方が出来る状態にすること」を目指す。
少し悪いところがあっても、その人の中でバランスが取れていれば良いんじゃないかい、と提言する。
野口整体、すごい。


以下は覚え書き。


>気の流し方
1.体の内側から外側へ気の流れをつくる。
2.体が気の空間に包まれているイメージ。
3.足裏の”湧泉”ツボから息を静かに吐くイメージ。
4.ツボから振動が起こり、内側は熱く、外は涼しくなる。
5.手の”労宮”ツボから息を静かに吐くイメージ。
6.ツボから振動が起こり、内側は熱く、外は涼しくなる。
7.丹田が温かくなる。


※呼吸は力んではいけない。

「心を空にする 中村天風「心身統一法」の真髄」著者:沢井 淳弘

中村天風さんの濃縮伝記が面白い。
とりあえず、覚え書き。


>クンバハカ
1.肛門を閉める。
2.肩の力を抜く。
3.へその下に力を貯めるイメージ。
これだけ


>天風流座禅
座禅は組まなくても良く、横になっても、イスに座っても、あぐらなど楽な姿勢で行う。
ただ、雑念を横に置いておく。
何回か行えば、長くできるようになっていく。


>思った事
霊能者の方が教えていた瞑想法が有り、上記方法と似ていた。


>霊能者の方が教えてくれた瞑想法(この本とは関係無し)
座って、あぐらでも良く、足がしびれたら組み替えても、伸ばしても良い。
壁によりかかる。
「抜重(ばつじゅう:重力を抜く)」全身の力を抜き、全身がゼリーかこんにゃくになったかのようにする。
うたたねするぐらいの感じで行う。
(眠るか、眠らないかぐらいの間が良いのかな。)


気持ち悪くなったり、恐くなったら、止める。
その時、
・柏手を打つ。
・YouTubeなどでお笑い動画を見て笑う。
などで空気を変える。